【まとめ】保護責任者遺棄罪で執行猶予はつく?殺人罪や傷害致死罪との違い
幼い子供を置き去りにして死なせてしまった親が,「保護責任者遺棄罪」という罪に問われていることをニュースで見た人も多いでしょう。この時,「殺人罪ではないのか?」と不思議に思われたかもしれません。保護責任者遺棄致死罪とは,どのような罪なのでしょうか。殺人罪との違いは何でしょうか?今回のコラムでは,保護責任者遺棄罪について解説します。
目次
1 何もしないことが罪になる?保護責任者遺棄罪とは?
保護責任者遺棄罪という犯罪は,あまり馴染みがないかもしれません。
簡単に言うと,扶助が必要な人を,必要な扶助を行わず,置き去りにする犯罪です。
(保護責任者遺棄等)
第二百十八条 老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、三月以上五年以下の懲役に処する。 (遺棄等致死傷) 第二百十九条 前二条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。 |
⑴ 要件
①扶助が必要な人物
扶助が必要な人物とは,老年者、幼年者、身体障害者又は病者をいいます。
②保護する責任のある者
ここでいう保護する責任のある者とは,一概にいうことは難しく,状況によって変わります。
例えば,幼児を保護する責任のある者は,養育している親が保護する責任のある者を指します。ほかに,高齢者であれば,同居し介護している家族が保護責任者に当たるでしょう。保育園や,介護施設に入所しているのであれば,その施設の従業員も保護責任者に含まれる可能性があります。
道で倒れている病人の保護責任者がその道を通る全ての人かどうかは争いがありますが,一度介抱しようと車に乗せたものの,途中で気が変わり,車から降ろしたような場合には,一度保護する責任を負ったとして,保護責任者に該当する可能性があります。
③②を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかった
・遺棄
遺棄とは,放置することや,場所を移動させて危険にさらすことを言います。車の中に子どもを置き去りにすることは、遺棄に該当します。
・必要な保護をしなかった
不保護とは,扶助が必要な人に対し,場所的な移動はないものの,生活に必要なことをせずに放置することを言います。自分で食事をとることのできない幼児に食事を与えずに放置することは,不保護に当たります。
⑵ 量刑
①保護責任者遺棄罪
遺棄,不保護によって,扶助が必要な人の生命身体に危険が発生した時,3月以上5年以下の懲役です。
②保護責任者遺棄致傷罪
相手に傷害を負わせたような時は,保護責任者遺棄致傷罪となります。この法定刑は,傷害の罪と比較して重い方で処断するとあります。傷害罪の法定刑は,15年以下の懲役または50万円以下の罰金です。したがって,保護責任者遺棄致傷罪の量刑は,3カ月以上15年以下の懲役となってくるでしょう。
③保護責任者遺棄致死罪
相手が死亡した場合には,保護責任者遺棄致死罪となります。この場合も量刑は,傷害致死罪と比較して,重い方で処罰されます。傷害致死罪の量刑は,3年以上20年以下の懲役ですから,保護責任者遺棄致死罪の量刑は,3年以上20年以下の懲役です。
2 保護責任者遺棄罪と他の罪の違いは?それぞれの罪の特徴と刑罰の差
⑴ 殺人罪
(殺人)
第百九十九条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。 |
保護責任者遺棄致死罪と,殺人罪の一番の違いは,「殺意を持っていたかどうか」です。
もっとも,行為者の主観ですので,殺意を主張し立証することはかなり難しいです,行為者が自分で「殺そうと思って車の中に幼児を放置した」などと供述すれば殺人罪の適用が高いと言えますが,そのときの状況や経緯によっては保護責任者遺棄致死罪となるでしょう。
殺人罪の量刑は,死刑または無期もしくは5年以上の懲役です。
⑵ 遺棄罪
(遺棄)
第二百十七条 老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は、一年以下の懲役に処する。 |
217条は,保護責任者遺棄罪と比較して,単純遺棄罪と呼ばれています。
ここで言う遺棄は,場所的な移動を要しますから,保護責任者遺棄罪のように不保護は含まれません。
保護責任者遺棄罪と比較して量刑も軽く,一年以下の懲役です。
⑶ 死体遺棄罪
(死体損壊等)
第百九十条 死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の懲役に処する。 |
190条は,保護責任者遺棄罪と同じく遺棄の罪ではありますが,対象が死体である点で異なります。
死体を場所的な移動をもって遺棄することは,3年以下の懲役に処されます。
⑷ 救護義務違反
自転車を含む車両によって人身事故を起こした場合,道路交通法は,人身事故を起こしてしまった人に対して,次のような義務を設けています。
第七十二条 交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。(略) |
交通事故を起こした場合,車両の運転者やその乗務員は,直ちに車両の運転を停止して,負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じる義務が生じます。必要な措置を行わず,その場を立ち去るいわゆる「ひき逃げ」をしてしまったら,救護措置義務違反を怠ったとして,五年以下の懲役又は50万円以下の罰金が科されます。
さらに,交通事故において,運転者の運転が原因で相手が怪我をした,又は亡くなった場合,さらに10年以下の懲役又は100万円以下の罰金が科されます。
このようなひき逃げのケースで,保護責任者遺棄罪が成立するか争われた結果,否定された事例を紹介します。
【大阪高等裁判所平成27年8月6日平26(う)522号】
<事例>
小学校教員が小学校敷地内で小学二年生の児童を交通事故により負傷させ,事故を起こした。被害者が前記傷害を負い,自力歩行ができない状態になっているのを認めた上,同児は被告人が教員を務める上記小学校の生徒であり,かつ,当時,付近にはほかに人がいなかったのであるから,同児を保護すべき責任があるのに,同児を,その両脇を抱えて同事故現場から約34.5m離れた校舎西側出入口まで引きずって行き,同所に同児を置き去りにした。幼年者かつ病者である同児を遺棄したため,保護責任者遺棄罪が成立するか争われた。 |
<判決の要約>
大阪高等裁判所は,「被告人については,被害者に対する自動車運転過失傷害の事実が認められるから,自らの過失で負傷させた当時7歳の被害者に対する保護責任を負うことは明らかである。」としました。 もっとも,「被告人が被害者を前記校舎西側出入口付近まで引きずって行って放置した行為は,前判示のように,被害者の傷害の程度や,被害者が放置されたのが学童保育施設職員から容易に発見されて保護され得る場所であったことにも照らすと,それだけでは,被害者の生命・身体に直ちに具体的な危険を生じさせ得るものとは認め難」い,として,遺棄には当たらないと判示しました。 |
3 保護責任者遺棄罪の実際にあったケース
(1) 幼児を車内に放置したケース
大阪地裁平成30年 7月18日
幼少のA(当時3歳)及びB(当時1歳)を、実母である被告人が、行動を共にしていた男性と共謀の上、自動車内に10時間以上にわたって置き去りにし、Bを熱中症により死亡させた上、遺体をクーラーボックスに隠した事案につき、被告人は、本件当日、自動車内への置き去り及び放置行為により、Aらに対し、重度の熱中症、飲食物の誤嚥及び異物の誤飲等によりその生命等にある程度具体的な危険が生じるかもしれないことをそれなりには認識しつつ、Aらを置き去りにして放置したと認められるから、被告人には遺棄及び不保護の故意があったと認められるとして、被告人に懲役5年を言い渡しました。 |
(2) 怪我人を放置したケース
札幌地裁平成15年11月27日
被告人が、被害者が実母から頭部を階段に打ち付けられるなどして外傷を負い、多量に出血し、保護を必要とする状態であったのにもかかわらず、これを放置したとして保護責任者遺棄致死罪で起訴されました。裁判所は,被告人が実母を被害者から離し容体を見た後救急医療を要請するなどの適切な救命措置を講じていれば救命される可能性があったのであるから、被告人は保護責任者遺棄罪にいう保護責任者に当たるものの,被告人が執るべき救命措置を講じたとしても、Aが死亡した可能性は否定できないから、被告人がAに対する保護責任を果たさなかったことと、Aの死亡との間に因果関係を認めることについては、なお合理的な疑いが残るとして,保護責任者遺棄致死罪ではなく,保護責任者遺棄罪が成立するとして,被告人に懲役2年6月を言い渡しました。 |
(3) 薬物を使用した女性を放置したケース
東京高裁平成23年 4月18日
被害者が被告人の譲り渡したMDMAをともに服用し,急性MDMA中毒による錯乱状態に陥った後に死亡した事案について,被害者に発現した錯乱状態は,事情を知らない者が見ても,普通の理解を超える異常かつ重篤なものであり,とりわけ被告人は,それまで他の女性と薬物をともに服用して性交するドラッグセックスをした際に,MDMAによる中毒症状を見たり自分でも体験したりしていたと認められることからすると,被告人には,被害者の異常な状態を見て,その生命が危険な状態にあり,速やかに生存に必要な保護を要することを十分認識していたと認められ,被告人の保護責任と救命可能性を認めて保護責任者遺棄罪の成立を認め,懲役2年6カ月の実刑判決を言い渡しました。 |
4 保護責任者遺棄罪で不起訴・執行猶予を受けたいなら弁護士にご相談ください!
⑴ 保護責任者遺棄罪以外の罪が該当する場合もある
保護責任者遺棄罪の容疑で逮捕されてしまったら,すぐに弁護士に依頼をすることをおすすめします。
保護責任者遺棄罪は,状況や経緯によってほかの犯罪に該当する可能性もあります。どのような罪に当たるかの判断が難しいので,法律の専門家である弁護士に相談しましょう。
今後の事件の見通しや,家族の方のアドバイスを受けることが出来ます。
⑵ 主観についての取調べは長期化する可能性がある
先程の解説の通り,保護責任者遺棄致死傷罪と,殺人罪や傷害罪との大きな違いは,故意の有無です。
取調べにおいては「殺すつもりは本当になかったのか?」という点が主になると思われます。殺すつもりがなかったのなら,そう答えるだけでいいと思われるかもしれませんが,「本当に一度も死んでほしいと思わなかったのか?」「育児・介護は苦痛ではなかったのか?」等,角度を変えて質問をされ続けます。認めるまで,取調べが長引くかもしれません。取調べの供述は,調書に記入され,のちに裁判で証拠として扱われます。
そこで,不利な供述をしてしまうことの無いように,弁護士が取調べにおけるアドバイスを行います。仮に接見禁止の措置が取られていたとしても,弁護士は被疑者との面会を行うことが可能です。
また,不当な取り調べに対しては,弁護士が抗議を行います。
⑶ 保護責任者遺棄罪は,示談が特殊になる可能性がある
不起訴・執行猶予を得るには,被害者との示談活動が重要です。
しかし,保護責任者遺棄罪での被害者が,幼児や高齢者であれば,示談を進めることが難しい場合があります。この場合には,贖罪寄付という方法で,被疑者の反省を行動に表すことも手段として考えられます。
もちろん,示談が可能な被害者であれば,弁護士が間に入り,示談活動を進めていきます。
⑷ 保護責任者遺棄罪は,執行猶予が付かないこともある
執行猶予は,3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金の言渡しを受けた時に,その刑の執行を猶予することが出来ます。執行猶予が付くことで,その後の社会復帰のハードルがさがります。
それぞれの量刑は,保護責任者遺棄罪であれば3月以上5年以下の懲役,保護責任者遺棄致傷罪であれば,3カ月以上15年以下の懲役,保護責任者遺棄致死罪は, 3年以上20年以下の懲役です。これらの罪で,懲役3年を超えてしまったら,執行猶予を付けることはできなくなります。
量刑は,事件の経緯や犯罪の悪質性や被告人の反省の態度,取調べに対する協力の姿勢,被害者との示談などを考慮したうえで,決まります。
量刑を懲役3年に押さえることで,執行猶予が付けられる可能性があります。弁護士にご相談ください。
5 まとめ
今回のコラムでは,保護責任者遺棄罪について解説しました。
保護責任者遺棄罪は,事件の状況や経緯が複雑であることが多い犯罪です。ひとりで悩まず,法律の専門家である弁護士にアドバイスを求めることをお勧めします。刑事事件はスピードが命です。できるだけ早く弁護士に相談しましょう。
法律事務所ロイヤーズハイは,夜間・休日も対応化可能な法律事務所です。経験豊富な弁護士が,ご自身やご家族をサポートします。保護責任者遺棄罪でご本人やご家族の方が逮捕されてしまったら,ぜひ,法律事務所ロイヤーズハイにご相談ください。
このコラムの監修者
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田中 今日太弁護士(大阪弁護士会所属)弁護士ドットコム登録
弁護士法人 法律事務所 ロイヤーズ・ハイの代表弁護士を務める。 大手法律事務所で管理職を経験し、性犯罪事件、窃盗・横領などの財産事件、暴行傷害などの暴力事件などで多数の不起訴経験あり。刑事弁護委員会所属。 お客様を精一杯サポートさせていただくことをモットーとし、豊富な経験と実績で、最善策の見通しを即座に迅速かつ適切な弁護活動を行う。